事業承継税制を活用すると、会社を引き継ぐときに発生する相続税および贈与税の支払いに猶予が与えられ、負担を軽減できます。
ただし、概要を理解して活用しないと手続きにかかる手間や費用によっては結果的に損をする可能性があります。
今回は事業承継税制の概要についてご紹介いたします。
事業承継税制は、事業承継時の贈与税・相続税による高額になりがちな後継者の税負担を軽減・解決する目的で、2009年度の税制改正の際に創設された制度です。
事業承継税制を活用すれば、後継者が取得する自社株式にかかる贈与税と相続税に対して納税猶予が認められます。その後、一定期間決められた要件を満たす場合は、猶予された税額がそのまま免除されます。
本制度ができる前の事業承継税制は、贈与税や相続税が高額なため、事業承継を簡単に行うことができませんでした。そこで、2008年に「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」に基づき2009年に創設されました。この制度を活用することで、事業承継に伴う納税の猶予・免除がされ後継者の負担軽減につながっています。
事業承継税制について理解する際は、贈与税と相続税の仕組みを理解しておくことが必要です。税金の仕組みを理解しておくことで、制度を利用することでどの程度の猶予が受けられるのかが分かりやすくなります。
ここからは、贈与税と相続税の計算方法について紹介します。
参考:
贈与税とは、個人の財産を贈与する際に課税される税金です。贈与した側では無く、された側(受贈者)が贈与税を納める必要があります。
贈与税は、1月1日~12月31日の1年間で受け取った合計額から基礎控除分110万円を差し引いた金額に税率を乗じて計算します。
贈与税で要件が不要な「暦年課税」の場合は、以下の計算式で算出します。
(贈与された財産 – 基礎控除110万円)× 贈与税率 – 控除額 = 贈与税額 |
相続税とは、被相続人から財産を取得した際にかかる税金です。こちらも財産を受け取った側が納める必要があります。
計算式は以下のとおりです。
(相続した財産 – 基礎控除)× 相続税率 = 相続税額 |
相続税額は法定相続分での取得金額に応じた税率が決まっています。
また、現預金・自社株式の評価額、不動産などの合計額が基礎控除を下回っている場合は、相続税の申告および納税は必要ありません。
相続税の基礎控除は、以下の計算式によって求められます。
3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数 |
事業承継税制を活用することで得られる利点は以下の通りです。
対象株式の贈与税・相続税の納税が猶予され、納税資金を用意する必要がなくなる
株価対策のために利益を圧縮されなくなる
事業承継税制は、対象株式数の全てが対象となっています。また、課税価格に対応する相続税および贈与税の全ての額に対する納税に猶予が与えられます。
猶予された税額は、途中で何らかの要因で取消しにならない限り、後継者が次の後継者に相続で事業を承継できれば免除されるため、支払う必要はありません。そのため、株式に対する贈与税・相続税の負担が実質的に無くなります。
具体的には以下のようなメリットがあります。
納税期間に10年以内の猶予が与えられる
猶予割合が100%に拡大されるため負担が実質的になくなる
なお、上記は特例措置です。詳しくは後述します。
事業承継税制を上手く利用すると事業承継時に見込まれる相続税等を抑えられますが、利用の際には注意点がいくつかあります。制度の利用前には、注意点についても確認しておきましょう。
事業を継続できずに廃業した場合は、猶予されていた税金に利子税を加えた額を支払わなくてはなりません。利子税率はその時々で変動しますが、基本的に猶予期間が長いとそれに比例して利子税の額も大きくなります。ただし、状況によっては税額が緩和されることもあります。一例を挙げると、特例事業承継税制を利用しており、かつ、経営状況の悪化を原因として廃業した場合、納税猶予額の一部を免除してもらえる可能性はあります。
事業承継税制には、複雑な手続きが必要です。主に、以下のような手続きが必要となります。
相続開始から8ヵ月以内、贈与の場合は贈与した年の翌年1月15日までに、作成した特例承継計画を添付して事業承継税制の認定申請をする必要があります。認定書を交付されたら、写しを添えて税務署に対し相続税や贈与税の申告を行います。
適用開始後は、5年間にわたって毎年、都道府県知事に年次報告書、税務署に継続届出書を提出する必要があります。また、継続届出書は、適用から5年後も3年に1度は提出しなくてはいけません。
制度内容が非常に難解で手続きも複雑であるため、制度を利用しようとする先代経営者・後継者自身だけでなく、顧問税理士でもすべてを把握している人は多くありません。事業承継税制に精通した専門家への相談が必要になる可能性があります。
近年、M&Aによる株式の売却が増えていますが、当制度を利用した後にM&Aを行った場合、納税猶予が打ち切りになります。その場合は、猶予されていた贈与税・相続税に加えて利子税を合わせた金額を支払わなくてはなりません。
制度を利用してから5年以上経過している場合は、売却した株式に対応する部分の納税猶予が打ち切られ、猶予されていた税額を納税しなければなりません。一方、5年以内の売却であれば全ての株式について納税猶予が打ち切られます。
事業承継税制の適用要件に関しては、詳しく後述しますが、 納税猶予の適用が認められるのは、実際に事業を承継する後継者のみです。後継者以外の相続人が株式を相続しても納税猶予や免除の適用はありません。
また、前述したM&Aのほかにも、納税猶予が取消される場合がいくつかあります。取り消しになった場合は、猶予されていた税額だけでなく利子税も支払う必要があります。取り消しの条件には、例として以下のようなものが挙げられます。
後継者が猶予期間中(5年間に代表者を退任した
個人事業主が猶予期間中に廃業した
期限までに年次報告書のような、必要な書類を提出しなかった
制度の適用を受けるには、経営者や後継者がそれぞれの要件を満たす必要があります。制度を利用する前に、利用に必要な要件を満たしているかを確認しておきましょう。
後継者への贈与は、基本的には全株を贈与する必要があります。また、先代となる経営者は、事業承継制を適用する際に以下の要件を満たしている必要があります。
会社の代表取締役であったこと
先代経営者とその同族関係者で発行済株式の過半数を保有しており、かつ後継者を除いた中で筆頭主であること
先代経営者と贈与もしくは相続の前に同族関係者である
贈与時においては既に代表取締役から退いている
制度を利用する際、会社を引き継ぐ後継者にも一定の要件が定められています。贈与と相続において、共通する要件と異なる要件があるため注意が必要です。また、後継者は先代の家族や親族でなくても制度の適用は可能ですが、注意点が多くなります。
贈与または相続により株式を取得したことにより、後継者と同族関係者が発⾏済議決権株式総数の半分以上を保有しており、筆頭株主になっている
贈与時において継続して3年以上役員であること贈与を受けた際に代表取締役だった
相続発生時において役員に就いており、代表取締役に5ヵ月以内に就任する
事業承継税制を利用できるのは、中小企業のみとなっています。中小企業基本法で中小企業と定められているのは、以下に該当する企業です。
資産管理会社や上場企業などに該当しない
1名以上の従業員が在籍している
資本金が3億円以下もしくは従業員数300人以下
資本金が1億円以下もしくは従業員数100人以下
資本金が5000万円以下もしくは従業員数50人以下
資本金が5000万円以下もしくは従業員数100人以下
なお、資産管理会社については原則として制度の対象となりません。
事業承継税制を適用して5年間は、以下の要件を満たす状態でなくてはなりません。
後継者は会社の代表者であり、かつ筆頭株主である
後継者が猶予対象株式を保有した状態である
雇用の8割以上を平均して5年間維持し続ける
都道府県知事へ年次報告書を毎年提出する
税務署へ継続届出書を毎年提出する
必要書類の提出を忘れてしまったり、要件から外れてしまったりすると、猶予されている税の全額と利子税分の金額を納付しなくてはいけません。また、都道府県によって提出書類に差があることも注意しましょう。
なお、相続や贈与が発生してからの5年間は厳しい要件がありますが、5年経過後は要件が緩和されます。
税金が免除されて支払わなくてもよくなる要件は、以下の通りです。
後継者が死亡した
後継者が次の後継者に対して、贈与税の納税猶予が適用される贈与を行った
猶予期間の間に業績が悪化して事業を廃止したり、株式を売却した場合、原則として猶予されている税額を利子税と共に全額支払う必要があります。
ただし、現在の事業承継税制では、経営状況の悪化によって会社売却もしくは廃業に陥ったときのためのセーフティーネットとしての特例があり、売却・廃業時の株価をもとに納税すべき金額が再計算されて、猶予されていた税額との差額は免除されるケースがあります。
平成30年度の税制改正から、事業承継税制に10年間の特例措置期間が設けられました。
詳しい制度の改正内容については以下の通りです。
対象株式数の上限が2/3からすべてに引き上げ
納税猶予割合が80%から100%に引き上げ
対象者が「被承継者:先代経営者・後継者:1人」から「被承継者:親族以外も含めた複数の株主・後継者:最大3人」に緩和
上記により、事業承継を行う際の税負担が実質ゼロになりました。また対象者の緩和で、多様な企業が事業承継税制の特例措置を活用できるようになります。その他適用後の内容も、以下の変更がありました。
雇用要件:5年間の雇用平均が8割を達成しなくても猶予が継続できるようになった
経営状態:株価の下落・廃業・売却時には、承継時の株価から計算した納税額の差額を減免
なお、特例の適用を受けるためには、以下の条件を満たしている必要があります。
平成30年4月1日から令和6年3月31日の間に、都道府県庁へ「特例承継計画」を提出している
平成30年1月1日から令和9年12月31日の間に、贈与・相続によって自社株式を取得している
事業承継税制を利用する際は、手続きの流れを理解しておく必要があります。また、制度の申請には期限が決められており、期限が過ぎてしまうと猶予が受けられなくなるため、事前に確認しておくことが重要です。
都道府県庁に特例承認計画を提出することが必要です。
都道府県庁へ贈与を受けた年の翌年の1月15日までに申請する
都道府県知事から認定を受ける
納税が猶予される贈与税・利子税分の額に見合う担保を提出し、税務署に申告する
この手続きの後、納税猶予期間が開始します。また、納税猶予が開始してからも、一定期間ごとに次のような手続きが必要です。
都道府県にも年次報告書が必要
申請から5年経過した後は、3年に1回を税務署に継続届出書を提出
相続税の納税猶予手続きは、基本的に贈与税と同じで、 まずは都道府県庁に特例承認計画を提出することが必要です。
都道府県庁へ相続開始後から8ヵ月経過までに申請する
都道府県知事から認定を受ける
納税が猶予される相続税・利子税分の額に見合う担保を提出し、税務署に申告する
この手続きの後、納税猶予期間が開始します。また、納税猶予が開始してからも、一定期間ごとに次のような手続きが必要です。
申請から5年間、毎年、都道府県には年次報告書、税務署へは継続届出書
提出申請から5年経過した後は、3年に1回を税務署に継続届出書を提出
事業承継税制に関して、担保の提供が必須である点や、3代目の場合の注意点などの押さえるべきポイントをご紹介します。
事業承継税制を適用するためには、猶予税額相当の担保を提供する必要があります。この場合の担保として認められる財産の条件は、以下の通りです。
納税猶予対象となる認定承継会社の特例非上場株式
国税通則法 50条に掲げる財産(不動産・国債・地方債など)
担保とする財産の価値は、納税猶予の税額および猶予期間中の利子税額の合計額に相当する必要があります。
2代目経営者が制度を利用して猶予された税額を免除されるためには、更なる後継者(3代目)に株式を贈与して、3代目が制度を適用することで免除を受ける必要があります。
事業承継税制を適用しない形で贈与を行った場合は、猶予された税額を納税しなくてはなりません。なお、2代目が株式を保有したまま相続が発生する場合には、3代目が制度を利用するかどうかは関係なく、猶予されていた税額はそのまま免除されます。ただし、相続税の対象となるため、さらに猶予を受ける場合にはその要件を満たす必要があります。
事業承継税制は非常に複雑な制度ですが、適切に利用することで税金が免除され、後継者の負担を減らすことができます。利用の際に分からないことがある場合は、専門家に相談してサポートを受けることも1つの方法です。
その他、後継者のマッチングサービスを活用して事業承継を行うという選択肢もあります。
事業承継には5~10年の歳月がかかることも少なくありません。
事業の支援制度や無料の相談を上手く活用して、自社の事業承継をスムーズに行いましょう。