近年、相続や事業承継の増加に伴い、中小企業の経営者の間でM&A(Mergers and Acquisitions)が注目されています。
売却益からまとまった現金を得ることができ、残された従業員の雇用も守ることができるM&Aですが、具体的にどのような方法があり、どういった点に注意し進めれば良いのでしょうか?
この記事では、M&Aに興味のある経営者が知っておくべき基本的な知識を解説します。
M&Aとは、企業の合併や買収を指す活動のことを言います。企業がM&Aを行う背景には多岐にわたる目的や戦略的な考えが存在するのが一般的です。以下では、M&Aの主な目的を解説します。
売却益は、M&Aの大きな動機の一つです。売却益とは、企業が所有する資産や事業部門を他の企業や投資家に売却した際に得られる利益のことを指します。
この売却益は、原価や購入価格と比較して売却価格が高い場合に発生します。企業経営者は売却益を得ることで、その資金を老後資金としたり、新しい事業を始めるための資金にしたりすることが可能です。
企業の成長フェーズや市場の変動に応じて、事業ポートフォリオの再構築や再配置が必要となることがあります。
M&Aは、このような事業の再編成の手段として行われます。新たな市場への参入や、成熟した市場でのシェア拡大を目指す企業は、M&Aを戦略的な道具として活用するケースも多いです。
すべての事業が一つの市場やセクターに集中していると、その市場の変動や危機に対して脆弱となってしまいます。
このようなリスクを減少させるために、多様な市場やセクターへの投資を進める際にもM&Aが活用されます。
M&Aを通じて異なる市場やセクターに事業を拡大することで、事業全体のリスクを分散させ、より安定した運営を目指すことが可能です。
特に中小企業の企業において、後継者の不在や適切な後継者の不足は重大な経営課題となっています。
M&Aを通じて他の企業との統合や事業の売却を行うことで、後継者問題をクリアにすることが可能です。
M&Aを活用することで、第三者に会社の経営権を譲ることができ、企業の長期的な存続や事業の継続的な成長が期待できます。
革新的な技術や特許などの知的財産を有する企業は、これらの価値を最大化するために他の企業との連携や合併を考えるケースがあります。
このようなM&Aは、新しい市場へのアクセスを得るためや、更なる研究開発のリソースを獲得するために行われる場合が多いです。
経営資源の再配置や、市場の競争激化などの理由から、ある市場からの撤退を選択する企業も少なくありません。
この際、その事業部門や資産を他の企業に売却することで、効果的な市場撤退を実現することが可能です。M&Aは、企業が戦略的に市場から撤退する際の重要なツールとして位置づけられています。
M&Aにはさまざまな利点があり、企業の成長戦略やビジネスの拡大、リスクの分散などを実現する手段として活用されています。
M&Aに関わる企業にとっては、売却側と買収側、それぞれ特有のメリットが存在します。以下、両方の立場からそのメリットを具体的に探ってみましょう。
M&Aの売却側には、以下のようなメリットがあります。
後継者不足に悩む中小企業は、M&Aを活用することで新たな経営者を迎え、事業を継続する道が開けます。
M&Aによる売却で得られる現金は、新たな事業への投資や借金の返済、退職後の生活資金として利用できます。
M&Aを通じて他の企業と統合することで、廃業による従業員の解雇を防ぐことができます。
M&Aにより、大手企業の経営資源や販路を利用して、事業規模を拡大することが可能になります。
M&Aを選択すれば、廃業に伴う多大なコストや手間を回避することができます。
M&Aを通じて、経営者の個人保証を解消し、そのリスクを軽減することができます。
非主力の事業部門を売却することで、経営資源を主力事業に集中させることが可能になります。
M&Aにより、数年間で得られる収益を一時的に現金化することができ、投資回収の時間を大幅に短縮できます。
M&Aの成功により、現金や株式といった大きな資産を手にすることができ、それを新たな事業展開や負債の整理に利用できます。
M&Aの買収側のメリットとして以下の点が挙げられます。
競争が激しい市場では、迅速に経営戦略を実行することが求められます。M&Aを通じて、効率的に事業を統合または拡大することで、短期間での戦略実行が可能となります。
既存の事業を拡大する場合、自らの力で成長するよりも、他の事業や会社を買収することで迅速に事業規模を拡大することができます。
M&Aにより、新しい市場や業界への参入が容易となり、事業のリスクを分散させることができます。
企業が保有する弱点や不足している部分を、他企業の強みや資源を活用して補強することができます。
買収対象となる企業のノウハウや資源を活用することで、双方の強みを組み合わせることで生じる付加的な効果を享受することができます。
既存の市場での成功実績を持つ企業を買収することで、新規市場への参入障壁を低く保ちつつ、リスクを軽減することができます。
赤字を繰越すことでの節税や、税率の低い地域での事業統合など、税負担を軽減する手法としてM&Aが利用されることがあります。
市場が飽和してきた場面での競争を避けるため、ライバル企業との統合や合併を行い、市場全体の健全な成長を促進することが可能となります。
M&Aには多くのメリットがありますが、組織再編を伴う行為であるため、そのリスクや注意点にも十分留意しておかなければなりません。
売り手側の企業は、以下の点を慎重に検討する必要があります。
M&Aを行うと、従業員の働く環境や評価基準が変わる可能性があります。買収された企業の従業員は、これまでの働き方や評価基準に慣れているため、変更に対して不安や不満を抱くことが考えられます。特に中小企業の場合、経営者を信頼して働いていた従業員にとって、経営者の交代は大きなショックとなることが多いです。このような変化により、従業員のモチベーションが低下したり、離職のリスクが増大します。
M&Aの際には、売り手企業の将来の収益性が重要な評価指標となります。もし収益性が不十分であると判断されれば、希望する条件でのM&Aが難しくなる可能性があります。
M&Aによって取引条件が変わることや、担当者の変更があった場合、取引先との関係に亀裂が生じる可能性があります。特に、取引先との人間関係が重要な業界では、このリスクは無視できません。
企業ごとに異なる企業文化を持っています。M&Aによる経営統合後、異なる文化を持つ企業同士が一つの組織として機能するためには、それぞれの企業文化を尊重しつつ新たな文化を作り上げる必要があります。この過程は時間と労力がかかり、うまくいかない場合も少なくありません。
M&A後、売り手企業の経営者や幹部は、経営における権限が縮小されるリスクがあります。買い手企業の方針や経営戦略に従う必要が生じ、自社のビジョンや方針を進めるのが難しくなることが考えられます。
M&Aは、単に企業が合併するだけでなく、人の心、文化、ビジョンなど、多くの要素が絡み合う複雑なプロセスです。成功するためには、上記のリスクや注意点を十分に認識し、対策を講じることが必要です。
M&Aの際に買い手側が直面する主なリスクは以下の通りです。
企業価値の判定を誤ると、買収後の経営効果が期待したものよりも低くなるリスクが高まります。特に、過大に評価されたのれんは減損の対象となり、結果として利益を圧迫する恐れがあります。最悪の場合、M&Aにかかったコストが回収できないことで、多額の減損を計上することになる可能性があるため、企業価値を適正に判定することが重要です。
簿外債務や偶発債務の引継ぎは、買い手側にとって大きなリスク要因となります。簿外債務は貸借対照表には明記されていない債務、偶発債務は特定の条件を満たすことによって発生する債務のことを指しますが、発生した際には大きな経営ダメージを受ける可能性があります。
リスクを抑えるためには、対象企業の徹底したデューデリジェンスが必要です。また事業譲渡型のM&Aを採用することで、このリスクを避けることができる可能性があります。
希望する条件を持つ売り手企業を見つけるのは容易ではなく、特定の業界では売り手市場となりがちです。そのため、M&A仲介会社などのサービスを活用して最適な企業を見つけることが必要です。
異なる企業同士の統合は、企業文化や価値観の違いから摩擦が生じることが多いです。この摩擦が経営統合の障壁となり、M&Aの目的を達成できない場合も考えられます。企業文化の融合には時間と労力が必要となります。
M&Aの大きなメリットとしてシナジー効果が挙げられますが、これが必ずしも発揮されるとは限りません。経営統合が順調に進まない場合、シナジー効果を享受できないリスクがあります。
M&Aによる不安や反発が生じることで、優秀な人材が退職する可能性があります。特にキーマンとなる人材の流出は、事業の継続に大きな影響を及ぼすことがあります。
対象企業の財務状況の不正確さや、隠された債務などのリスクが存在します。デューデリジェンスを徹底的に行い、潜在的な問題を発見することが不可欠です。
のれんは買収対価と売り手企業の純資産との差額を指し、その価値の変動は業績に直接的な影響を与えます。買収後の業績が予想を下回ると、のれんの減損を行わなければならないリスクが生じます。
実際にM&Aを行うスキームには様々なものがありますが、大きく 合併(新設合併・吸収合併)と買収(事業譲渡・資産買収 or 株式取得・資本参加)に分けることができます。以下では合併と買収についてそれぞれ説明していきます。
合併は、複数の会社を1つの会社に統合することを指します。具体的に、合併は「吸収合併」と「新設合併」の2つの方法に大別されます。
吸収合併は、ある会社が他の一つまたは複数の会社を吸収し、その権利義務を全て引き継ぐ形式の合併を意味します。
この場合、吸収された会社は法的に消滅し、吸収する会社のみが存続します。多くの合併がこの手法で行われるため、ビジネスの現場で非常に一般的に見られるスキームと言えます。
一方、新設合併は、複数の会社が自らの法人格を消滅させ、新しく設立される会社に全ての権利義務を移転する形式の合併です。これにより、新たなビジョンや目的のもとで、新しい組織としてスタートすることができます。
買収は、一つの企業が他の企業や事業を取得するM&Aの形式を指します。これには主に「株式取得・資本参加」と「事業譲渡・資産買収」の2つの方法があります。
株式取得・資本参加は、他企業の株式を購入することでその企業の経営権を獲得する方法です。以下は、このスキームの主な形式を示します。
スキーム | 内容 |
---|---|
株式譲渡 | 対象企業の株式を直接購入して経営権を獲得する手法です |
株式交換 | 一方の会社が他方の会社の株式を全て取得し、対価として自社の株式を提供する手法です |
株式移転 | 新たに設立された会社が、複数の会社の株式を取得し、その対価として新たに発行した自社の株式を提供する手法です |
第三者割当増資 | 新しい株式を特定の第三者に提供する手法で、資金調達や新たなビジネスチャンスを追求する目的で行われることが多いです |
事業譲渡・資産買収は、経営権を伴わない事業や資産の取得を指します。以下は、このスキームの主な形式を示します。
スキーム | 内容 |
---|---|
事業譲渡 | 他企業の事業部門を直接購入する手法です |
吸収分割 | 一つの企業が他企業の事業の一部や全部の権利・義務を引き継ぐ手法です |
新設分割 | 新しく設立した会社が、既存の会社の事業の一部や全部の権利・義務を引き継ぐ手法です |
M&Aの成功の鍵は、適切な手法の選択と、事前の計画と実行における各段階での注意深いマネジメントにかかっています。以下に、M&Aの一般的な流れにおける主要な段階と、その内容について詳しく説明します。
準備は、M&Aのプロセスの基礎を築くための非常に重要な段階です。まず、企業は自身のビジネス目的やM&Aによって達成したい目標を明確にします。目標の設定後、対象となる企業の選定、資金調達方法、関連する法律や規制への対応策の検討が行われます。さらに、内部チームや外部の専門家(例: 弁護士、会計士、コンサルタント)を組織し、プロジェクトのリーダーや役割分担を決定します。
交渉・評価の段階では、買収先の企業との最初の接触や、事業や財務の詳細なデューディリジェンス(詳細な調査)が行われます。デューディリジェンスは、M&Aによるリスクを評価し、適切な価格を決定するための重要な工程です。この段階では、対象企業の事業価値の評価や、将来の収益予測などが行われ、適切な価格や取引条件の交渉が進行します。
交渉が成功した後は、取引の実行に移ります。これには、契約の締結、関連する規制当局からの承認取得、資金の移動などが含まれます。取引が正式に完了した後、実際の統合作業が始まります。統合には、組織や文化、ITシステム、業務プロセスなどが含まれ、この段階が順調に進行することがM&Aの成功には不可欠です。
取引の完了や統合作業が終わった後も、フォローアップが必要です。この段階では、統合の効果を確認し、目標が達成されたかを評価します。また、新しく統合された組織内のコミュニケーションの確立や、文化や業績のモニタリング、必要な場合の再調整や改善策の導入などが行われます。
この記事では、経営者が知っておくべきM&Aの基本知識について解説しました。
M&Aにはいくつかの典型的な手法があり、どれを採用するかはM&Aを行う目的に沿って選択することが重要です。
M&Aを成功させるための流れとしては、最初の準備段階で戦略や方針をすり合わせ、ターゲット企業の詳細な分析を行い、具体的な取引を進め、統合後もフォローアップを行い改善策を進めるというステップがあります。
この一連の流れをしっかりと管理し、適切な戦略を策定・実行することがM&Aの成功のカギとなります。実際に進める際には経験のある専門家の助言を受けるようにしましょう。