製造業の現場では今、「リスキリング(職業能力の再開発)」が大きな注目を集めています。
人手不足やDX(デジタルトランスフォーメーション)への対応、AI技術の進化など、こうした変化に対応し、持続可能な成長と競争力を保つためには、従来のものづくり力に加えて新しいスキルを身につけることが強く求められています。
しかし、「どこから着手すれば?」「コストや手間は?」「補助金や助成金は使えるの?」と不安や疑問を持つ方も少なくありません。
本記事では、公的情報を活用しながら、製造業のリスキリングの基礎知識・最新動向・事例・補助金制度・実践ステップまでを現場目線で解説します。
経営者・人事担当・現場リーダーの皆様が、明日から自社で始められるよう、具体的なヒントとノウハウをお届けします。
ものづくり現場が直面するデジタル化や人材難にどう対応するかの答えの一つが「リスキリング」です。リスキリングとは、今の職種や業務の大きな変化に即して新たなスキルを身につけ直すプロセスを指します。
経済産業省では、「新しい職業に就くため、または必要スキル変化に適応するために行う能力開発」と定義しており、単なる知識補充ではなく現場即応型のスキルチェンジを意味します。
参考:リスキリングとは?定義、注目される背景から導入のポイント、事例を解説
少子高齢化、人手不足、DXやAIといった技術革新が進む昨今、従来の経験やノウハウだけでは日本の製造業が直面する変化への対応が難しくなっています。
「デジタル時代の競争で生き残る」ため、国・企業・個人の全レベルでリスキリングが推進されています。しかし、日本ではリスキリングへの意識が低いのも事実です。
経済産業政策局が公表した「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業について」を確認すると、日本は、他国と比較しても、再教育や学び直しを行っていない人の割合が大きいことが分かります。

このような背景から、政府もリスキリング投資(一部補助制度等)を打ち出しているのです。
リスキリングは、よく「リカレント教育」や「生涯教育」と混同されますが、その目的や性質には明確な違いがあります。
項目 | リスキリング | リカレント教育 | 生涯教育 |
|---|---|---|---|
定義 | 働きながら新しい職務や産業変化に対応できるスキルを習得すること | 社会人が必要に応じて学び直し、再び職業生活に活かす教育 | 人生全般を通じて学び続けること |
目的 | 産業構造や技術革新への適応、キャリア転換 | 職業能力の再開発、キャリアの再設計 | 自己実現、知識欲、社会参加 |
対象 | 主に企業で働く社会人 | 社会人全般 | 年齢や職業を問わずすべての人 |
特徴 | 未来の職に直結するスキル習得 | 仕事と学びを循環させる仕組み | 生活や趣味も含めた広義の学び |
リカレント教育や生涯教育は、人生の各段階で学び直しや教養の向上を目的とする幅広い学習活動を指します。一方、リスキリングは、特定の業務や職務の変化に対応するために、新たなスキルや知識を身につけることに焦点を当てています。
つまり、リスキリングは「将来の仕事に直結する能力開発」に特化しており、DX推進や業務改革など、企業や産業の変化と密接に結びついている点が特徴です。
参考:リスキリングとリカレント教育の違いとは?注目される背景から効果的なリスキリングの進め方まで解説
AIやIoT、自動化技術の進展で、設備や工程に関する知識のみならず、IT活用スキルやデータ分析、AIとの協働などが製造業でも当たり前になりつつあります。
DX時代は、あらゆる工程で現場とデジタルをつなげる人材が不可欠です。機械エンジニアや生産管理担当のリスキリングにより、データサイエンティスト的役割、プログラマーや自動化エンジニアなど、より付加価値の高い仕事へと進化する事例も増えています。
中小製造業の多くは、慢性的な人手不足と若手離職率の高さに悩まされてきました。新規採用だけでは現場を維持できず、既存社員のスキルアップ、すなわち即戦力強化に期待が高まっています。
リスキリングの仕組みを作れば、人手不足をAIやIT技術で補完し、ベテランも職域拡大に柔軟に適応可能です。実際、社員エンゲージメントや離職率改善にも効果が出ています。
ここではリスキリングのメリットとデメリットについて紹介します。
デジタルスキルを持つ人材の社内確保:新たなIT人材やAIエンジニアをゼロから採用するよりも、既存社員のリスキリングによる職域転換が効果的です。採用コストも大幅に抑えられます。
生産性向上・付加価値アップ:IoTやAI活用により業務効率化、工程改善、不良率低減等の成果が期待できます。現実のデータ活用による意思決定や業務改善も進みます。
キャリア形成・離職防止・若手採用強化:学び直しの風土が定着すると「成長できる職場・会社」として求職者にも人気が出る可能性が高まります。従業員もキャリア選択肢が広がり、エンゲージメントが向上します。
人材流出抑止・組織活性化:自発的スキルアップ施策はモチベーションと定着率を高め、「学び続ける組織文化」にもつながります。
手間やコスト負担:教育プログラム構築や講師派遣には一定の手間と費用がかかります。短期的な利益創出には直結しにくい面もあります。
現場の巻き込み・時間確保:業務と並行した学び直しは従業員の負荷になりがちです。学ぶ余裕の設計や、業務負担の調整が必要です。
モチベーション維持・計画倒れリスク:内容次第ではやらされ感が強くなってしまい効果が出ません。従業員と目的や学習内容を共有し、「自分事化」する工夫が重要です。
調査・成功事例から見えてきたリスキリング導入の標準的なステップを紹介します。
スキルの現状可視化:社員の保有スキルをスキルマップで一覧化します。それにより、部門横断で組織が持つ課題や強みも可視化します。
目標人材像・戦略連動の明確化:経営やDX戦略と結びつけ、自社で今・将来求められる人材像と到達レベルを具体化します。
教育プログラム設計・社外コンテンツ活用:専門学校・外部講座との連携や助成金活用、人材派遣会社、自治体研修の活用も有効です。
実務連動&評価制度設計:現場での実践機会をふんだんに用意し、日常業務と学び直しをしっかり紐付けてステップアップを促します。
全社共有と伴走・進捗管理:経営・現場の巻き込みと進捗共有により、関係者の納得感とやらざるを得ない推進力を作ります。
リスキリングが個人にとっての単純なスキルアップで終わってしまわないよう、組織全体として個々のスキルアップをいかに活かすかの戦略が重要となります。上記はあるべきステップを記載していますが、自社の課題に応じて、「何をどこまですべきか」を明確にしていくことが重要です。
製造業のリスキリングでは、AIやIoTを活用するデジタルスキルに加え、現場の多能工化やプロジェクト推進力も欠かせません。ここでは、変化の激しい製造業で特に重視すべきスキルを整理し、その重要性を解説します。
まず現場の業務効率化や競争力強化に向けては、AI・自動化ツールの活用スキルは欠かせません。CADDi社の調査でも「今後最も重要なスキル」としてAIリテラシー(活用・運用・データ分析など)がトップに挙げられており、AI関連の教材提供や現場での導入事例も急速に増加しています。
次に、IoT・クラウド・データ分析の分野です。工場設備や業務管理におけるIoT化、さらに日々の業務データの蓄積・分析を通じた見える化や効率化への取り組みが企業にとってますます重要となっています。
さらに、Pythonやデータベースといった基礎プログラミングスキルも有用です。高度な開発に限らず、基礎的なアルゴリズムやマクロの活用、RPAといったローコードツールの習熟によっても、現場業務の効率化を大きく進めることができます。
製造現場では、多能工化や部門横断的なスキルの習得も求められています。複数の工程を担えるスキルセットやロボット操作、工程改善の知識を持つことで、現場の柔軟性を高め、生産性向上にもつながります。
また、プロジェクト推進力やコミュニケーション力も重要性を増しています。DX推進の現場では、プロジェクトをリードする役割や、部門間の調整を円滑に進める能力、さらに情報を適切に共有するスキルが欠かせません。これらは技術スキルと同様に、現場を動かす力として注目されています。
リスキリングは制度を整えるだけでは成果につながりません。経営の強い後押しと現場の主体的な参加、そして学びが根付く文化づくりが欠かせます。ここではリスキリングを成功させるための重要なポイントを紹介します。
経営トップがリスキリング推進を明確にメッセージしつつ、現場責任者・中堅層が自分ごと化し組織全体が学び直しに向かう風土をつくるのが理想です。
現場の現実を丁寧に把握し、経営理念や戦略と「誰にどの力をつけてもらいたいか」を結びつけて伝えることが大切です。
リスキリングの定着は、一過性の研修で終わらせず、定期的な情報交換や進捗シェア、現場の成功例可視化や失敗も糧にする雰囲気などで、学びを続ける文化を定着させるのが長続きのコツです。
自発性や現場発の小さな改善をほめ、全社で喜びを分かち合う活動も効果的です。
製造業のリスキリングでは、「人材開発支援助成金(厚生労働省)」などの公的補助制度が多数活用できます。これらは研修費・業務時間中の賃金等の一部を国が助成し、実質負担を大きく減らせる仕組みです。
【代表的な補助金・助成金】
人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース・他)
DX推進・デジタル技術習得支援補助金(自治体・県主催研修等)
職業能力開発推進センター等の集合研修・OJT
<一般的な申請の流れ例>
事前準備(計画書類作成・支援機関との相談)
訓練実施・受講
実施報告・申請書提出
審査・助成金の給付
書類作成や日程調整がやや煩雑な場合もあるため、専門家や地域産業支援センター等の無料相談も積極活用しましょう。
補助金コネクトでも、研修ニーズに合った補助金をご紹介しております。
リスキリングを実際に成功させている先行企業や自治体は、社内アカデミーによる体系的な学習機会や、地域・外部プログラムとの連携を積極的に進めています。ここでは日本の製造業DXとリスキリング最前線の事例を紹介します。
日立製作所:グループ全体を対象に社内「日立アカデミー」を設立し、DX基礎~高度なITスキル講座を段階別に展開することで、従業員の意欲や個人目標と組み合わせて学習継続を促しています。基礎から実務応用までワンストップで対応な点がポイントです。(参考:日立アカデミー)
富士通:パーパス(存在意義)ベースのリスキリング強化に取り組まれています。徹底した実践機会の提供と「個人の想いに紐付いた学び」を重視されている点がポイントです。(参考:経済産業省)
岐阜県テクノプラザ:IT・AI・3Dプリンタ・IoT・協働ロボット等の現場系技術のほか、マクロ、RPA、データベース等のデジタルスキル講座を4か月集中で提供し、修了者には賃金助成も提供しています。産官学連携による「現場重視」のカリキュラムが特徴です。(参考:テクノプラザものづくり支援センター)
FRICS DX Academy:DX内製化・ノーコードアプリ開発・データ分析等、実務ベースの講座事例です。助成金併用も可能です。(参考:フリックスDXアカデミー)
AI時代のものづくり現場で「人」が最大の競争力を発揮するには、全社をあげたリスキリングと実務直結の人材育成が不可欠です。
難しいと感じる場合でも、国や地域の補助金・専門家支援と組み合わせることで、現場負担を減らし確実な実践が可能になります。
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