M&A(企業の合併・買収)による統合効果を最大化するためには、PMIに注目することが重要です。PMIがうまく進められるかにより、M&Aの相乗効果が大きく変わってくるため、M&Aを進めるにあたってPMIのポイントをしっかりと押さえておく必要があります。
今回は、PMIの概要や重要性、実施の流れおよびポイントなどを詳しく解説します。これからM&Aを検討している企業の担当者の方は、参考にしてみてください。
PMI(Post Merger Integration)とは、日本語では「合併後の統合」を意味する言葉です。ビジネスにおけるPMIは、M&A後の統合効果を最大限に引き出すための統合作業(プロセス)をさしており、経営統合・業務統合・意識統合の3段階から成り立っています。
M&Aの現場では、相手先との合意プロセスが重視され、その後の統合作業まで考慮していないケースも多く見られます。統合作業に失敗してしまうと、M&Aの話そのものがなくなってしまう場合もあるほどです。M&Aが成立した後、PMIを的確に実施することで、M&Aの本当の成果が発揮されます。
M&Aの最終目的は、企業同士が統合することではなく、統合後両社がともに成長していくことです。PMIは、この目的を達成するための重要な手段であり、経営統合の成功を目指して重要性を再認識しなくてはなりません。
PMIを実施する重要性について少し触れてきましたが、ここではさらに掘り下げてPMIの重要性を見てみましょう。
冒頭で解説したように、PMIは、M&Aにより企業を買収した後の経営統合プロセスです。
シナジー効果とは、M&Aにおいて複数の企業や事業部門が協働することで得られる相乗効果を指します。
M&Aを行う段階では、その後に想定されるシナジー効果も考慮したうえで計画が進められます。以下のものが、シナジー効果の主な例です。
売上シナジー(ブランド効果・販売チャネルなど)
コストシナジー(物流コストの削減・営業生産拠点の統廃合および一部閉鎖など)
研究開発シナジー(技術やノウハウの複合など)
財務シナジー(他人資本調達コストの削減など)
M&Aによる買収後に得られるシナジー効果は、PMIに対する取り組みの結果に左右されると言っても過言ではありません。
M&Aでは、異なる企業が合併・買収することにより、各企業が今まで築いてきた文化に違いがあることを理解しなくてはなりません。経営陣同士がM&Aの条件を擦り合わせるだけでなく、実際に業務を行っている従業員への配慮も欠かせません。
買収側の企業の文化や価値観などを押し付けるのではなく、買収される企業の文化にも配慮しながら、残す点や変えていく点などを検討することが重要です。これは異業種だけでなく、同業企業同士のM&Aであっても同じことが言えます。
PMIがスムーズに進まない原因のひとつに、準備不足が挙げられます。企業文化をM&Aの成功に活かすためには、M&Aに対する考え方など従業員に対する事前のリサーチも必要でしょう。
M&Aにより新しく誕生した企業は、それまで異なる企業に勤務していた従業員が同じ職場で働くことになります。これは従業員にとって大きな不安材料となり、モチベーションの低下や離職へのきっかけになることも少なくありません。
統合により整備すべき内容は、経営管理体制・人事・各種規定・業務システムなど多岐にわたります。経営者やリーダー格の社員は、従業員と適切にコミュニケーションを取りながら、全体を管理するマネジメント能力が求められます。
M&Aを成功へ導くために、PMIで何を実施すべきか前もって検討しておくことが重要です。PMIの代表的な5つの実施項目について、ひとつずつ解説します。
買収企業・買収される企業の双方に、これまで培ってきた経営理念や企業文化があります。「企業文化の違いへの対応」の項でも触れたとおり、双方に配慮しながら経営体制や組織を統合し、新しい企業を誕生させることが重要です。
従業員が、M&Aに対して不満を持っていると、統合後の業務に支障が出るだけでなく、関係性の悪化にもつながります。できるだけ多くの従業員から賛同を受けられる経営体制や組織作りが、企業価値の向上に必要不可欠です。
企業が異なると、総務・人事・法務などの制度も異なります。具体的には、教育・研修・報酬・人事評価・退職金などが該当します。経営統合後に、これらの制度に格差が出てしまうと、混乱を招く原因となります。
企業同士の認識をすり合わせ、現場環境や従業員の働き方にも配慮し、制度を統合することが成功への第一歩です。
販売・管理・ITなど、企業で使われている業務システムは多岐に渡りますが、これらのシステムの統合もPMIに大きく影響します。ただし、システムの統合は簡単なものではなく、多額の費用もかかります。特に、IT関連システムの統合は、業務への影響も少なくありません。
業務への影響をできるだけ抑えるために、ITシステムの統合を優先して行うと、生産性の向上が可能です。他のシステムも、優先順位をつけて統合時期を検討しましょう。
PMIでは、計画通りに統合の効果が現れているかを、定期的に測定することが必要です。KPI(重要業績評価指標)の設定やマネジメントサイクルの導入を通じて、統合効果を上げるための業績検証や改善策の策定を行います。改善に向けたPDCAを継続することで、目標達成率が高まります。
M&Aの相乗効果を考慮し、注力したい事業を選択・集中します。新規部門の創設・重複する部門の廃止や統廃合・仕入先の分析などを精査していきます。
また、同業同士のM&Aであれば、取引先から仕入れている製品は類似しているでしょう。仕入先の統廃合や絞り込みにより、共通して購入しているものはひとつに統一するなどの精査も、シナジー効果に直結する取り組みです。
M&Aを成功させるためには、適切な流れでPMIを実施することが重要です。ここからは、PMIを実施する流れを順に解説します。
まず、対象企業・枠組み・実施期間など、M&Aの方針や手順を決定します。以下の3つの枠組みから選択します。
連邦型統合(買収された企業を子会社として残し、経営の自主性を維持する)
支配型統合(買収された企業は子会社として残すが、買収した企業が積極的に経営に関わる)
吸収型統合(吸収合併・吸収分割・事業譲渡などにより、買収した企業へ吸収する)
選択する枠組みにより、統合後の方向性が変わってくるため、トータルで判断して枠組みを決定します。
統合方針が決まったら、統合計画(ランディングプラン)の策定に入ります。これは、クロージング(M&Aにおける経営権の移転手続き)の後、3か月から6か月以内に実施する計画です。
主に見直される点は管理面と事業面です。人事・労務・組織・規程類・経営管理・経理・財務・庶務などの見直しが一般的です。
ここまでで決定したM&Aの方針や統合計画を基にして、100日プランを作成します。100日プランとは、クロージングから100日で策定される、買収する企業の経営改革プランや中期事業計画をさします。
この段階で、買収する側・される側双方から構成するプロジェクトチームを作り、現場レベルの改革も含めながら具体的な目標やKPIを設定していきます。
作成した100日プランの内容に沿って、M&Aを実施します。100日プランで策定したアクションプランに基づき施策を進め、マネジメントによる定期的なモニタリングも行いましょう。KPIに対する達成状況も検証しながら、100日プランに入れられなかった施策を実行計画に策定しつつ、取り組みを進めます。
M&Aを実施したら、効果検証とフォローアップも忘れずに行いましょう。統合計画・100日プラン・アクションプランの進捗状況から、効果を検証します。検証により、改善点やトラブルが明確になれば、フォローアップの実施タイミングです。
M&Aの実施後、半年・1年などの節目を迎えた時には、買収した側・された側の双方が統合状況や関係性などを振り返ると、シナジー効果がさらに高められます。
PMIを成功させ、M&Aの効果を企業経営に活かすために、次の5つのポイントを重視することが求められます。それぞれのポイントの詳細について見ていきましょう。
PMIの適切な実施には、M&Aの目的を明確にすると、方向性がはっきりと見えてくるため従業員のモチベーションが上がりやすくなります。目的を達成するための統合計画を立案すると効果的です。
立案時には、定量目標と定性目標の両方でKPIを設定しましょう。定期的なモニタリングにより進捗を確認し、目的までどの程度近づいているかを把握することが大切です。
デューデリジェンスとは、買収する企業が買収される企業を調査する行為をさします。費用負担やインタビューの有無、財務情報による予測などの情報によって、セルサイド・ビジネス・財務・法務・人事・ITなどのデューデリジェンスがあります。
デューデリジェンスが不十分であると、統合に必要な情報が正しく得られず、PMIが成功しない要因となります。最大限費やせるコストや時間をかけ、徹底的な調査を心がけましょう。
M&Aの成功には、買収する側・される側双方の社員の理解やモチベーションの維持が必要不可欠です。社員と情報共有をするために、M&AやPMIの目的および進捗状況・今後の方向性などを適切な範囲で開示しましょう。
その際に、現場から上がった声をヒアリングし、フィードバックをPMIに反映させると、PMIにおけるリスクを回避でき、円滑に進められるようになります。
PMIは、複数の部門にわたって実施する統合作業です。できるだけ、各部門の人材や事情に精通し、適切な指示やコミュニケーションができる担当者を専任で選び、PMIを遂行しましょう。こうすると、PMIの精度が向上するだけでなく、他の従業員の負担が軽減できます。
PMIは、M&Aを進めるにあたって重要なプロセスであると解説してきましたが、PMIによるリスクが存在するのも事実です。しっかりとしたシナジー効果を得るためには、徹底した準備が重要です。PMIによるリスクを事前に理解しておきましょう。
冒頭で解説したように、M&Aの目的は企業を統合するだけでなく、シナジー効果を得て企業が成長していくことです。しかし、M&Aの画面では、統合に向けた合意や買収のプロセスに注目が集まりがちであり、PMIが注目されないケースも多いのです。
M&Aの実施時には、合意のプロセスだけでなくPMIの重要性もしっかりと認識し、準備や手続きを行っていきましょう。
2つの企業が1つに統合されると、運営方法やシステムの変更によって業務に支障が出る場合があります。取引先との取引条件も変わる場合があり、取引先との関係性にも影響が及ぶことで、各方面で混乱する可能性があるのです。
混乱を避けるために、取引先や顧客への連絡をこまめに入れるのはもちろんのこと、社内での業務連絡も欠かさないことが大切です。
取引先や顧客への対応を優先するあまり、従業員へのフォローが追いつかないケースがあります。職場環境の急激な変化についていけず、不安や反感を抱いた従業員は、モチベーションが下がるだけでなく離職に至る可能性もあるでしょう。
企業経営は、従業員の努力があってこそ成り立っています。不安を感じている従業員に対して、フォローを忘れないようにしましょう。
適切な手順でM&Aが進められても、PMIがうまくいかないとM&Aそのものが失敗してしまう場合があります。PMIを成功させるために、以下の3つのコツを覚えておきましょう。
2018年に、デロイトトーマツコンサルティング合同会社が行った調査によると、M&Aの設定目標に対する達成率が高い企業ほど、早い段階からPMIを行っていたことが分かっています。
PMIの早期着手により、シナジー効果の発現も早まり、課題への対処がしやすくなります。それだけでなく、売り手企業の従業員のケアも効きやすくなるのです。
先ほどご紹介した調査結果から、デューデリジェンス開始以前にPMIを始めた企業が多いことが分かっています。PMIの着手は早いに越したことはないため、できるだけ早い段階で着手するよう心がけましょう。
「適切な人材を配置」の項でも解説したように、PMIのスムーズな実施には適切な担当者の存在が必要不可欠です。担当者は、できるだけ定期的に現場を視察し、従業員の声を聞きつつM&Aの状況を逐一分析しながら、PMIに向けた対策を練ることが必要です。
PMIに専門知識が求められる(経理財務など)・納期の短いタスクが多い・短期間でPMIに必要な業務をこなせるリソースが確保できないなど、自社で全て対応するのが難しい場合は、外部の専門家を起用するのもひとつの方法です。
ただし、PMI作業の大部分を外部委託してしまうと、M&Aのノウハウが自社に蓄積されず、支払い報酬も高くなってしまいます。できる作業は自社で行い、どうしても難しい部分のみ外部委託すると良いでしょう。
実際にPMIを実施した企業では、どのようないきさつで始めることになったのでしょうか。また、PMIによりどのような成果を得たのでしょうか。ここでは、大手企業6社におけるPMIの事例をご紹介します。
Microsoft社は、M&Aの積み重ねにより事業を拡大してきた歴史があります。買収事例は200以上ありますが、そのうちの半数以上はソフトウェアの企業です。
M&Aが成功した事例と、うまくいかなかった事例がそれぞれありますが、コロナ禍においても、M&Aにより事業を拡大する経営戦略は変わりませんでした。
現在も、幅広い企業のM&Aに積極的であることから、今後もM&Aの事例は増えていくでしょう。
世界最大手の小売業・ウォルマートは、2002年に西友と資本業務提携を発表しました。その後、段階的に声優株を取得したウォルマートは、2008年に完全子会社化しましたが、西友の業績はなかなか伸びなかったのです。
2020年に、ウォルマートは西友株の売却を発表しました。今後は、ウォルマートと戦略的提携を結んでいる楽天の動きが注目されています。
2014年10月に、DeNAは「iemo」と「ペロリ」の2社を買収し、子会社化しました。子会社化した後も、「iemo」と「MERY」(ペロリが展開しているサービス)は継続され、「iemo」のみがオフィスを移転しました。
「iemo」では、キュレーションメディアの制作を通じて、リフォーム事業者などとのコミュニケーションを深めていました。コミュニケーションによって、400社とネットワークを築いてきましたが、DeNAとの協力によりさらにネットワークを広げていく計画です。
JTは、2007年にイギリスの大手タバコ会社・Gallaher社を買収しました。1999年には、アメリカのRJRIも買収しており、日本企業の外国企業買収額は当時として史上最高額だったのです。
M&Aにより、JTにおけるタバコの総販売本数のうち、海外での販売本数が8割近くを占めるようになりました。
2023年4月に、日本電産株式会社は「ニデック株式会社」に社名変更しました。ニデックは、企業成長に向けた原動力として、早い段階から国内・海外を問わずM&Aを活用しています。
M&Aにより、買収した企業の経営を再建させるため、買収企業はシナジー効果が見込める企業に限定しているのが特徴です。買収後のPMIも重視することで、赤字企業を黒字に導いています。
サントリーホールディングスは、2014年にアメリカ・ビーム社を買収しました。これは、サントリーにとって社運をかけた大勝負となったのです。
ビーム社との経営戦略の違いから、「MONOZUKURI」に対するさまざまな取り組みが行われましたが、現在ではサントリーが持続的成長をするための基盤になっています。
PMIは、M&Aの効果を最大限に引き出し、シナジー効果により組織が成長するための重要なプロセスです。
ここで解説した内容を参考にしながら、自社のM&Aに合ったPMIの策定を進めていきましょう。