事業譲渡契約書とは、事業の売り手、買い手の間で交わされる基本契約書のことをいいます。
事業譲渡は、株式譲渡や会社分割等と並び、会社や事業の経営権を譲渡・売買するとき、最もよく用いられるM&Aスキームのひとつです。その事業譲渡の際に交わされる契約書が事業譲渡契約書になります。
本記事では、事業譲渡契約書について、作成目的、記載内容や作成上の注意点等について詳しく解説します。
事業譲渡とは、会社が運営する事業の一部、または全部を譲渡することです。
例えば飲食事業としてAとBという異なる商品を取り扱っている会社があるとします。
この会社が不採算のB部門を事業譲渡で他社に売却すれば、以降、譲受先は自社事業に加えてBの部門を運営することになり、譲渡先はAという商品のみで会社運営していくことになります。
事業譲渡と株式譲渡の違いは譲渡の対象が異なる点です。
株式譲渡の場合、譲渡対象が会社の株式となりますが、株式譲渡の場合は対象があくまで会社の事業そのものです。
株式譲渡では、他社(含む個人)が当該会社の株式を100%取得すれば、その会社自体を所有できることになります。
一方事業譲渡の場合、事業の譲渡を受けても、それはあくまで対象事業に係る権利義務を引継いだに過ぎず、当該会社自体を所有したことにはなりません。
したがって事業譲渡の場合、手続きとして当事者間で事業譲渡契約を締結しただけで完了するわけではありません。法的に有効とされるためには、株主総会の特別決議など、会社法上、必要とされる手続きを事業譲渡の効力発生の前日までに行っておく必要があります。
事業譲渡をする場合、譲渡先と譲受先、当事者間において事業譲渡契約が必要です。当事者間で合意した内容を網羅して文書化した書類が事業譲渡契約書となります。
事業譲渡の対象は個別事業から会社全体の事業まで幅広く、譲渡対象をどれにするか明確化する必要がある上、事業にどのような不動産・動産が含まれるか、対象人員や取引先、のれん等の無形資産まで特定しておかねばなりません。
さらに金銭面では、譲渡代金の金額や決済方法、効力発生日での税金の負担割合等決めておく必要があります。
これらの内容を盛り込み文書化して、譲渡先と譲受先双方が記名捺印した書類が事業譲渡契約書なのです。
本章からは事業譲渡契約書に盛り込むべき記載事項について、それぞれ記載例も交えつつ、記載のポイントを解説します。
まずは事業譲渡契約書の冒頭で、当該事業譲渡取引の当事者が誰か、譲渡人と譲受人を明確にした上で契約締結することを唄います。
記載例 |
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譲渡人(以下「甲」)及び譲受人(以下「乙」)は、次のとおり事業譲渡契約を締結する。 |
契約書の冒頭で契約締結を表明したら、次からは具体的な事業譲渡の合意内容に入っていきます。事業譲渡の対象部門を明確に特定して、両者で譲渡の合意があったことを示します。
記載例 |
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甲は乙に対し、甲が営む下記の○○事業(以下「本事業」という)を譲渡し、乙はこれを譲り受ける。 |
事業譲渡の譲渡実行日(効力発生日)を決めておきます。
事業譲渡の場合、会社の所有権が一括で移動する株式譲渡と異なり、譲渡対象となる資産(動産、不動産、従業員、取引先等)について、個別1件ごとに承継手続きが必要になります。
そのため譲渡先における承継手続きの期間を考慮すれば、譲渡契約を締結した日と譲渡金額が決済されて譲渡契約の効力が発生する日には、一定期間、間が空くことが普通です。
また一定の事業譲渡を行う際には、譲渡先、譲受先双方において、効力発生の前日までに株主総会の承認を受けておく必要もあることから、効力発生日を特定しておく必要があります。
記載例 |
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本事業譲渡は、平成○年○月○日(以下「本譲渡日」という)に行う。ただし必要に応じて、甲及び乙が協議の上、本譲渡日を変更することができる。 |
譲渡資産を以下の記載例のように特定します。
記載例 |
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甲は乙に対し、本事業譲渡に伴って、本件譲渡日に別紙記載の資産を譲渡し、乙はこれを譲り受ける。 |
事業譲渡では対象となる譲渡資産等が多岐に渡ります。
かつ資産ごとに個別に承継手続きが必要となるため、資産名を直接事業譲渡契約書に記載せず、別紙に一覧で記載するなどの方法で、過不足なく、具体的かつ詳細に特定します。
一方で譲受先としては、譲渡資産のうち、将来トラブルの種となる簿外債務、偶発債務まで引継がないよう最新の注意が必要です。
譲受先が譲渡先に対して支払う事業譲渡の対価及び決済方法について、以下の事例のように規定します。
記載例 |
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本事業譲渡の対価は、金○○○円(税別)とし、乙は本譲渡日までに甲に対し、本譲渡代金を別途甲が指定する銀行口座に振り込む方法により支払う。 |
事業譲渡に係り、その事業部門で働いていた従業員も一般的に譲受先に移籍することになるので、その取扱いについて規定します。
記載例 |
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乙は、本譲渡日に、別紙記載の甲の従業員のうち乙への転籍を承諾した者との間で新たに雇用契約を締結するものとする。 |
事業譲渡の場合、株式譲渡と異なり、譲渡先の従業員が当然のように譲受先に承継されるわけではありません。
手続きとして、譲渡先に承継される従業員が特定されるとともに、当該従業員との間で個別に転籍等の同意が必要となります。
表明保証とは、ある時点において一定の事実が真実かつ正確であることを表明し保証する行為で、それを条項として契約書の中に盛り込みます。
記載例 |
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1.甲は乙に対し、本契約締結日及び本譲渡日において、別紙記載の事実が真実かつ正確であることを表明し保証する。 2.乙は甲に対し、本契約締結日及び本譲渡日において、別紙記載の事実が真実かつ正確であることを表明し保証する。 |
具体的な表明保証事項については当事者間の交渉で決まることが多く、かつ内容も多岐に渡るので、契約書の中では概要で規定して、具体的な項目は別紙で補足します。
もちろん当事者のどちらかがこの条項に違反した場合、対応として金銭で補償したり、譲渡契約そのものが失効したりする場合があります。
善管注意義務とは当事者間で相手に対して要求される相応の注意義務のことをいいます。
事業譲渡の場合、実際に事業譲渡が実行されるまでに譲渡先が行うべき様々な手続きがあります。
その間に仮に譲渡先が対象事業の内容(資産等)や状態を変更してしまうと、契約自体の前提が崩れてしまうので、譲受先としては当初の契約締結の目的が達成できなくなるリスクが発生します。善管注意義務規程とは、それを防ぐための規程なのです。
以下はその記載例ですが、規程には資産項目以外にも、債務・契約に関する事項や従業員の取扱いに対する事項も入れておくのが一般的です。
記載例 |
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甲は、本契約締結日から本譲渡日までの間、善良な管理者の注意をもって業務を執行し、資産及び負債を管理する。 |
競業避止義務とは、事業譲渡後、譲渡先が同一の事業を一定の場所と期間、行うことを禁止する義務のことです。
会社法21条では、この場所の範囲を「同一市区町村内、及び隣接する市区町村区域内」、期間を最長20年間と定めていますが、この規程は変更可能で、交渉で競業避止義務を追わないことや義務年数を短縮、延長することもできます。
記載例 |
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甲は、本譲渡日から○年間、自らまたはその子会社等を通じて、本事業と同一または類似の事業を行ってはならない。 |
契約当事者の一方が表明保証違反、事業譲渡契約違反を起こした場合、他方当事者が被った損害等について補償を受けることができることを定めた規程です。
記載例 |
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1.甲が本契約に基づく義務または表明保証に違反して、乙が損害を被った場合、甲は乙に対 し、その損害等を補償する。 2.乙が本契約に基づく義務または表明保証に違反して、甲が損害を被った場合、乙は甲に対 し、その損害等を補償する。 |
事業譲渡契約についても、他の契約同様、当事者の一方に債務不履行があれば契約解除は可能です。
ただし事業譲渡契約の場合、実行後の契約解除を認めると、すでに事業資産等が相手方に渡っているためその影響が甚大になります。
そのため、本契約の解除に関しては、事業譲渡の実行前に限定することが一般的です。
また限定内容や解除理由など、規約に盛り込む項目は様々考えられますが、以下はその一部記載例です。
記載例 |
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甲及び乙は、本事業譲渡の実行までに、次の各号に掲げる事由のいずれかが生じたときは、本事業譲渡の実行までの間に限り、本件契約を解除することができる。 1.相手方が本契約に記載した義務に違反し、相当期間をおいて催告したにも関わらず、当該違反を是正しなかったとき。 2.相手方が本契約中行った表明及び保証が真実かつ正確でなかったとき。 |
事業譲渡契約書を、電子契約でなく紙の契約書で作成する場合、収入印紙を貼付して納税する必要があります。
この場合、事業譲渡契約書は印紙税の第1号文書に該当し、譲渡の対価が1万円以上の場合、その譲渡価格に応じた収入印紙の貼付が必要になります。
事業譲渡契約に係る印紙税額の詳細は以下の国税庁のサイトを参照して下さい。
参照先:国税庁 印紙税額の一覧表(その1) 第1号文書から第4号文書まで
本章では事業譲渡契約書を作成する上での注意点を4つ解説します。
デューデリジェンスとは、専門家による譲渡対象企業に対する事前の調査手続きのことをいいます。
事業譲渡の際、適切な価格に基づき譲渡されていれば基本的にトラブルは起きません。
しかし適当に評価して双方が不満を持ったまま売買が行われると、後にそれが問題の火種になることがあります。
そのようなリスクを避けるためにも、事業譲渡契約締結前に、外部の専門家に依頼してその事業に対して十分なデューデリジェンスと事業評価を行い、双方が納得できる譲渡価格を決定しておく必要があります。
事業譲渡契約を成功させるには、対象となる譲渡資産等は契約書に具体的かつ明確に記載しておく必要があります。
目録を作成して譲渡資産等の範囲を詳細に記録してさえおけば、後に双方の思い違いにおけるトラブルを回避することができます。
事業譲渡で譲渡資産の対象に当該事業に従事する従業員も入れて承継する場合、必ず事前に当該従業員への説明及び同意が必要です。
事業譲渡では従業員の雇用契約は当然には引き継げないからです。
したがって譲渡先としては、対象従業員に対して譲渡先での労働条件(人事制度、給与及び福利厚生制度等)を示して説明するとともに、納得を得て本人からの同意書を徴求しなければなりません。
また同様に、同じ従業員からの同意を譲受会社も取っておく必要があります。
転籍する従業員の数が多ければ多いほど手続きに時間を要するので、取引の当事者はしっかりスケジュールを立てて取り組むことが大切です。
事業譲渡契約書の作成時には、必ず専門家のアドバイスとチェックを受けておくことをおすすめします。
事業譲渡は法務、税務、人事、事業等、様々な側面の要素を交えて取引が行われます。
さらに事業譲渡は会社に取って重要な経営判断のひとつなので失敗は許されません。
リスクを下げて事業譲渡を成功に導くためにも、各方面の専門家の手を借りて契約書をチェックしてもらったり、アドバイスを受けておいたりすることは重要です。
事業譲渡契約書について、その内容を詳しく解説しました。
事業譲渡は株式譲渡と並び最もよく用いられるM&Aスキームです。
ただ株式譲渡に比べその手続きが煩雑になるため、事業譲渡契約書の作成も含め、専門家のサポートを受けて確実に手続きを進めるようにしましょう。