事業譲渡はM&Aの一般的な手法ですが、株主総会の開催が必要な場合と不要な場合があるため、正しく理解しておく必要があります。
この記事では、事業譲渡で株主総会が必要・不要になる条件を、譲渡側・譲受側それぞれについて噛み砕いて解説します。
また株主総会の流れや議事録の作成についても解説します。事業譲渡をお考えの方は最後までお読みください。
事業譲渡で株主総会が必要になる条件は、会社法の467条で定められています。ここではこの条文にもとづいて、譲渡側と譲受側それぞれについて株主総会が必要になる条件を噛み砕いて解説します。
事業譲渡において、譲渡側が株主総会を開催しなければならないのは以下の場合です。
事業の全部を譲渡する時
事業の重要な一部を譲渡する時
子会社株式を譲渡する時
事業譲渡では譲渡する対象が事業の全部でも一部でも可能ですが、全部を譲渡する場合、譲渡側は株主総会を開催しなければなりません。
また、譲渡ではなく賃貸や委任の場合でも、その対象が事業の全部であれば株主総会を開催する必要があります。
事業の一部しか譲渡しない時でも、「重要な一部」を譲渡する場合は株主総会を開催しなければなりません。
何をもって重要な一部とみなすかが問題ですが、これは譲渡する事業の量的・質的な面から個別に判断していくことになります。
量的というのは、売上や従業員数などのことです。一般には、譲渡する事業の売上や従業員数が会社全体の1割を超えると、重要な一部に該当すると考えられています。
質的というのは、事業を譲渡することにより、譲渡企業のイメージにどのような影響が出るかといったことです。譲渡によってイメージに大きな影響が出るならば、重要な一部とみなされます。
また、事業譲渡で譲渡側に課される競業避止義務が、譲渡企業にどの程度影響するかも考慮されます。
一般に事業譲渡では、譲渡した事業と同じ事業を譲渡企業が再び営むことを一定期間禁止する「競業避止義務」が課されますが、これが譲渡企業に大きな影響を及ぼす時は重要な一部とみなされます。
事業譲渡にともなって譲渡企業が自身の子会社の株式を譲渡し、それによって議決権が過半数に満たなくなる時は、株主総会の開催が必要になります。持分会社の持分を譲渡する時も同様です。
過半数に満たなくなるというのは、子会社だった会社が子会社でなくなるということです。これは経営権を譲渡する株式譲渡とは違いますが、子会社の支配を手放すのは重要な譲渡なので事業譲渡の一種とみなされます。
事業譲渡において譲受側が株主総会を開催しなければならないのは以下のケースです。
事業の全部を譲受する時
一定数以上の株主が反対した時
事業の全部を譲受する時は、譲渡側だけでなく譲受側も株主総会を開催する必要があります。
一部の事業の譲渡では、譲受側は原則として株主総会が不要になります。しかし、一定数以上の株主が反対した時は、例外的に株主総会を開催しなければなりません。
「一定数の株主」とは大まかに言うと全議決権の6分の1以上ですが、他にも細かい規則が「会社法施行規則 第138条」で定められています。
会社法467条に該当しない事業譲渡は、原則として株主総会が不要になります。ただし、467条に該当する場合でも、例外的に不要になる条件が468条に規定されています。
この章では、会社法の467条と468条にもとづいて、株主総会が不要になる条件を譲渡側・譲受側に分けて噛み砕いて解説します。
譲渡側の株主総会が不要になる条件は、まとめると以下の2つになります。
譲渡する資産が少ない時
譲受側が特別支配会社の時
前章で解説した株主総会が必要になるケースでも、譲渡する資産が譲渡企業の総資産の5分の1以下の時は、例外的に株主総会が不要になります。
5分の1以下かどうか判定する時は、譲渡資産の時価ではなく簿価を使います。総資産の算出方法については、「会社法施行規則第134条」で詳細が規定されています。
子会社株式の譲渡をともなう事業譲渡の場合も同様で、譲渡する株式の簿価が総資産の5分の1以下なら株主総会は不要です。
譲受企業が譲渡企業の「特別支配会社」の時は、前章で解説した株主総会が必要になるケースでも、例外的に株主総会が不要になります。
特別支配会社とは、子会社株式の90%以上を保有している親会社のことです。親会社が別の完全子会社(親会社に全株式を保有されている子会社)を持っている場合は、完全子会社の保有株式とトータルで90%を越えれば特別支配会社となります。
譲受側の株主総会が不要になる条件をまとめると、以下の2つになります。
一部の事業だけを譲受する時
支払う対価が少ない時
事業の全部ではなく一部だけを譲受する時は、譲受側の株主総会は不要になります。
譲渡側は重要な一部の譲渡で株主総会が必要になるのに対し、譲受側は重要な一部の譲渡でも不要になるのが相違点です。
事業の全部を譲受する場合でも、譲受側の支払う対価が譲受企業の純資産の5分の1以下の場合は、例外的に株主総会が不要になります。
譲渡側は「総資産」の5分の1以下かどうかで判定するのに対し、譲受側は「純資産」が基準になるのが注意点です。
株主総会の決議には「普通決議」「特別決議」「特殊決議」の3つがありますが、事業譲渡では特別決議が必要です。
特別決議は3分の2以上の賛成が必要で、過半数の賛成で可決できる普通決議より条件が厳しくなります。
具体的には、議決権の過半数の株主が株主総会に出席したうえで、出席者の3分の2以上の賛成を得る必要があります。
事業譲渡で株主総会が必要な条件はやや複雑なので、必要なケースでうっかり不要だと勘違いしてしまうことがないとは言い切れません。
また、株主総会が必要と分かっていながら、開催するのが面倒、または否決されそうなので開催せずに進めたいと考える譲渡企業が出てくる可能性も考えられます。
株主総会が必要にもかかわらず開催しなかった事例については、昭和61年に行われた裁判の判例があります。
この裁判は、譲渡企業が事業の重要な一部を譲渡したにもかかわらず株主総会を開催しなかったことに対して、譲受企業がこの事業譲渡は無効であると主張したものです。
この裁判では譲受企業の主張が認められ、事業譲渡は無効と判断されました。
このような判例があることも踏まえて、株主総会が必要な時は必ず開催するようにしましょう。
事業譲渡に反対する株主に対しては買取請求権が認められており、請求権を行使されると企業側は株式を買い取らなければなりません。
ただし、買取請求権は誰でも行使できるわけではなく、以下の条件を満たした株主だけが行使できます。
反対の意思を示した株主
議決権を行使できない株主
株主総会を省略した場合の全株主
事業譲渡に対して反対の意思を示した株主は買取請求権を行使できます。
ただし、何をもって反対の意思を示したことになるかについては会社法469条で定められており、この規定に従って意思表示しなければなりません。
具体的には、株主総会が開催される前に反対の旨を会社に通知し、さらに株主総会で決議に反対する必要があります。この2つの意思表示を両方行わなければ買取請求権を行使できないので注意しましょう。
一般には株式を保有すると議決権が付与されますが、中には例外的に、株式を保有しているにもかかわらず議決権を持たない株主もいます。議決権を持たない株主は株主総会で反対の意思を示すことができないので、代わりの対抗手段として買取請求権が認められます。
議決権を行使できない株主の代表的な例は、単元未満の株式しか保有していない株主です。他には、定款で議決権を付与しないと定めている株式(議決権制限種類株式)の株主や、企業同士でお互いの株式を持ち合っている時(相互保有株式)などがあります。
株主総会が不要になる条件を満たす事業譲渡において、実際に株主総会を省略した場合は、その会社の株式を持つ全株主が買取請求権を行使できます。
事業譲渡における株主総会の流れは一般的な流れと特に違いはなく、以下のように進んでいきます。
株主への通知
事前準備
株主総会の開催
株主総会議事録の作成
株主総会を開催するにはまず開催の旨を株主へ通知する必要がありますが、会社法の299条で通知の仕方が規定されているので、これに従って通知しなければなりません。
通知の期限は、公開会社は株主総会の日の2週間前までとなります。非公開会社は、書面投票・電子投票を採用しているなら2週間前まで、採用していないなら1週間前までです。
通知は取締役が行うと規定されており、一般には代表取締役が行います。
会社法の298条で、株主総会を招集する時は「開催日時」「開催場所」「開催目的」「書面や電磁的方法による投票を認めるか」を決めなければならないと定められており、通知にはこれらの内容を盛り込む必要があります。
通知の方法は会社法の299条で定められているので、これに従って行う必要があります。
取締役会設置会社は原則として書面での通知となりますが、株主から承諾を得た場合は電磁的方法による通知も可能です。取締役会を設置していない会社については特に規定が定められていないので、電話や口頭など書面以外の手段でも構わないと解釈できます。
ただし、書面や電磁的方法による投票を認める場合は、取締役会を設置していない会社でも書面による通知が必要です。こちらも取締役設置会社の場合と同様、株主の許諾を得れば電磁的方法で通知できます。
株主総会開催のために、会場の手配や必要書類の用意、スケジュール作成などの事前準備を行います。予想される株主からの質問に対する回答をあらかじめ用意しておくのも重要です。
株主総会の開催は、スケジュールに沿ってスムーズに行う必要があります。株主に事業譲渡の内容が正しく伝わるように分かりやすく説明し、株主にとって不利な情報は誠意を持って説明することが大切です。
会社法の318条で、株主総会を開催したらその議事録を作成しなければならないと定められています。さらに、議事録を備え置く場所や期間も定められているので、これらの規定に従わなければなりません。
議事録は原本を本店に10年間、支店には写しを5年間備置する必要があります。
議事録に記載する内容は会社法施行規則第72条で規定されているので、これに従って正しい内容を記載しなければなりません。
記載内容は大まかにまとめると以下のようになります。
開催日時や場所、出席者などの基本情報
総会がどのように進んでいったかの要約
総会で述べられた意見や発言の要約
事業譲渡における株主総会は通常の株主総会とは内容が違うので、議事録の作成もポイントを押さえて行う必要があります。
事業譲渡の内容がはっきり分かるようにしておくことが特に重要なので、議事録に事業譲渡契約書を添付するのが一般的です。事業譲渡にともなって子会社株式を譲渡した場合は、株式譲渡契約書も添付しておきましょう。
事業譲渡では株主総会が必要な場合と不要な場合が会社法で規定されているため、正しく判断することが大切です。
特に、開催しなければならないケースで開催しないと、事業譲渡が無効になる可能性もあるので注意しましょう。
株主総会についても流れや議事録の作成方法を理解して、スムーズに進められるように準備しておきましょう。