企業の経営資源を有効活用し、利益につながる事業を展開するためには、事業の内容や収益性・成長性などを可視化することが重要です。このとき役立つのが事業ポートフォリオであり、収益性や成長性をふまえながらリソースの投入が判断できます。
この記事では、事業ポートフォリオの概要・メリット・作成の流れなど、事業ポートフォリオについて詳しく解説します。
事業ポートフォリオとは、企業が運営している事業を一覧にし、事業の安全性・収益性・成長性などを分かりやすく可視化したものです。
複数の事業を展開している企業では、取り扱っている製品やサービスが事業ごとで異なるため、同じ企業であっても顧客層やライバル会社が変わってきます。事業ごとの状況を把握することで、重点を置くべき事業が明確になり、迅速な経営判断ができるようになります。
事業ポートフォリオが広く活用されているのは、市場のニーズを把握するためです。働き方改革や新型コロナウイルス感染拡大などにより、市場の動向が今まで以上に早く変化するようになってきました。さらに、リスクを分散させたり成長機会を増やしたりするために、事業の多角化を進めている企業も増えており、事業を選択・集中させる判断材料が必要です。
事業の状況を的確に把握していると、全社最適により動向の変化に合わせて適切な対策が可能です。併せて、事業に対するリスクの大きさなども判断でき、財務体質の強化も狙えます。
日本の企業における事業ポートフォリオは、一般的に以下の4つが良く見られます。
後ろ髪引かれ型
ジリ貧型
ゆでガエル型
下手な鉄砲型
種類と目的に合わせた適切な対策を取るために、各種類の特徴について理解を深めていきましょう。
複数の事業を展開している企業が、成長が見込めず利益も出ない事業を抱えている状況です。この事業は、創業者や歴代の経営者が始めた、過去の花形事業であるケースが多いです。他の事業が成功することで放置されてしまい、対策が取れない状態が続いています。
中心となるコア事業のほかに、柱になり成長が見込める事業が見当たらない状態を指します。コア事業の上に支障が出た場合、企業全体の存続問題にも関わってきます。
この状況では、早急な対策が必要であるのにも関わらず、コア事業において成果が出ているため、危機感を持てない企業も少なくないのです。
本業である事業の成長が期待できず、継続しているだけの状態になっています。売り上げも伸びないことで企業の存続危機に陥っているものの、特に対策も取っていません。他の事業への早急な転換が求められます。
売り上げが大きな事業の収益を元手として、多くの新規事業を始めるものの、元手とした事業以外は成功していない状況をさした言葉です。成功していない事業の撤退や、新たな事業の立ち上げなどを検討する必要があります。
事業ポートフォリオを活用することで、企業にとってどのようなメリットが得られるのでしょうか。ポートフォリオの効果を最大限に発揮するため、メリットをしっかりと理解しておきましょう。
事業ポートフォリオの活用により、事業内容の現状を俯瞰的に把握することで、事業ごとの成長性や収益性が素早く見極められます。これにより、高い成長性が見込まれる事業の市場シェアや収益性が低い事業の撤退など、今後の戦略の明確化が可能です。事業の見極めやスムーズな経営判断もでき、企業全体の収益アップにもつながります。
さらに、外部環境の変化へ迅速に対応できるようになり、自社の事業状況と市場のニーズに合った企業経営が可能となります。
新型コロナウイルス感染拡大の影響が広がった当時は、コロナショックによる金融危機の影響が世界中へ広まりました。今後も、さまざまな原因で金融危機が発生する可能性もあります。
事業ポートフォリオで、不採算事業を把握しておくことで、財務体質が強化できます。加えて、特定の事業だけでなく採算が見込める事業へ投資を分散することで、金融危機に対するリスクヘッジが可能です。
事業ポートフォリオが広く活用される場面のひとつが、M&Aです。企業の再建を目指す際に、グループ全体の人員を削減するのではなく、M&Aで事業を切り離す手法を選択する企業も増えています。
M&Aでは、自社の事業状況を把握したうえで、切り離す事業を選択します。このため、自社の現状を知るための分析指標として、事業ポートフォリオが重要な役割を果たします。
競合相手となる企業を判断する材料として、相手企業の収益性や成長性を知る必要があります。事業ポートフォリオは、これらを知るために最適な資料です。
分析結果により、競合相手だと思っていた企業の事業内容が合致しないといったケースも考えられます。自社の事業ポートフォリオにより、本当にライバルとなりうる企業を明確化できます。
実際に事業ポートフォリオを作成するには、どのような流れで進めていくと良いのでしょうか。各段階における詳しい流れを解説します。
事業ポートフォリオを企業経営に最大限活用できるよう、最初に自社の現状を把握します。現状把握のために、PPM(プロダクトポートフォリオマネジメント)と呼ばれる経営分析を行います。
PPMは、ボストンコンサルティンググループというコンサルティング企業が、1970年代に提唱したものです。市場シェア率を横軸・市場成長率を縦軸に置き、自社の事業を以下の4つに分類します。
問題児
負け犬
金のなる木
花形
問題児は、シェア率は低いものの市場成長率が高い位置にある事業です。市場のシェアを高めるために、継続して投資を行う必要があります。問題児が生み出す利益が少ないのであれば、事業撤退を判断することも重要です。
負け犬は、シェア率・成長率ともに低く、衰退期に差し掛かった事業が該当します。企業努力により、成長が再度見込まれる可能性は0ではありませんが、他の事業に経営リソースを回すために、撤退の決断が迫られる事業です。
金のなる木は、シェア率が高く安定した利益を誇る事業です。成長率は低く、利益を増やすことは難しいものの、コスト削減により利益率アップが期待できます。金のなる木で得た利益は、問題児や花形への投入が有益であり、新たな資金の導入は行いません。
花形は、シェア率・成長性ともに高い事業です。成長率が低くなると金のなる木に該当し、安定した利益が見込めるようになります。多くのライバルとの競争に打ち勝つには、定期的な投資が必要です。
市場の動向や製品のライフサイクル次第では、上記の分類に変動が生じることもあります。定期的にPPM分析を行い、最新の動向を把握することが重要です。
PPMによって現状分析ができたら、最も注力するメイン事業を決めます。このとき活用されるのが、CTF分析と呼ばれるフレームワークであり、以下の3つの頭文字に由来しています。
Customer(顧客軸…顧客のニーズ・価値観)
Function(機能軸…提供するサービス・価値)
Technology(技術軸…競合他社と差別化できる技術)
上記の観点から情報を整理し、事業ドメインを分析します。
この段階で重要となるのは、ターゲットを明確にするという点です。そのために、まず顧客軸を基にしながら客観的な市場分析を行います。
顧客軸がまとまったら、機能軸によって顧客に提供する価値(商品)を定めます。競合他社との競争で優位性を確保するには、自社の強みを活かした商品づくりが重要です。
技術軸では、商品を提供するためにどのような技術が必要かを見極めます。例えば、独自の生産ルートを確保していれば、他社との差別化が可能です。顧客が価値を見出せる商品を提供できると、リピーターが増えるきっかけにできるでしょう。
メイン事業が決まったら、自社の強み(コア・コンピタンス)を洗い出します。コア・コンピタンスに該当するかは、以下の5つの項目から判断します。
他社が真似できる可能性が低いか
他の分野で活用できる可能性が高いか
他の商品で代替できる可能性が低いか
顧客が「珍しい商品だ」と認識する可能性が高いか
顧客からのニーズが長期に渡って続く可能性が高いか
上記の条件を満たしていると、コア・コンピタンスに適していると言われています。
コア・コンピタンスを明確にするために、SWOT分析を用いるケースもあります。SWOT分析とは、内部環境と外部環境・プラスの要因とマイナスの要因を正確に把握するため、以下の4項目に分類して実施するフレームワークです。
Strength(強み…ノウハウ・顧客網・品質など)
Weakness(弱み…リソース不足・生産力不足など)
Opportunity(機会…顧客ニーズや動向の変化・法改正など)
Threat(脅威…社会情勢などのマイナス変化)
上記の項目で、優位性と不利な点もすべて含めて客観的に分析でき、攻防一体の戦略策定が可能です。
必要な概念が出揃ったら、ビジネスモデルを設定しますが、このとき必ず企業理念とズレがないかを確認しましょう。事業ポートフォリオの作成は、企業の目標に近づくことも重要な目的のひとつです。企業理念と経営状況がぶれている企業は、イメージの低下や顧客離れを引き起こすリスクが高まります。
事業ポートフォリオを最適化し、企業の成長へ向けて有効活用するには、以下のコツを認識することが重要です。コツをしっかりと押さえ、ポートフォリオを活用していきましょう。
限られたコストや経営リソースを有効的に活用するため、まず投資する事業の優先順位を決めましょう。無駄なコスト発生を抑えながら、必要な場面では追加投資が求められる可能性もあるため、事業に対する選択と集中(投資と撤退)を徹底しなくてはなりません。
撤退の決断には大きな意思決定が必要です。しかし、投資すべき事業に集中させることで、企業全体の業績向上が見込めるようになるでしょう。
資本効率とは、銀行などの金融機関や投資家から調達した資金の運用効率を評価する指標です。企業の収益性を判断するために、投資家が重視しています。
資本効率の判断に用いられる代表的な指標は、以下の2つです。
ROE(Return On Equity=自己資本利益率)
ROIC(Return On Invested Capital=投下資本利益率)
どちらも、数値が高いほど投下資本を効率良く利用していることを表しています。資本効率が高いと、事業が安定していると判断され、継続した資金提供が見込めるのです。
事業ポートフォリオの内容が、目先の利益を求めるものであると、短期的なリターンしか期待できなくなってしまいます。資本効率を高めることで、継続した利益の獲得が見込めるようになります。
経営者にとって、今まで携わっていた事業を手放したり撤退したりする決断は、ネガティブなイメージがありとまどうことも多いです。しかし、事業の再編や撤退は、新たな事業を立ち上げる第一歩であり、損失を最小限に抑えるには早い段階で手放す覚悟が必要です。
最適な事業ポートフォリオを築き上げるには、先述したPPM分析やSWOT分析を取り入れながら、事業の選択と集中に向けて見極める意志が求められます。
ガバナンスは、企業が健全な経営を進めるうえで重要なものです。経営陣による適切なガバナンスが機能している企業は、全社レベルで組織運営がスムーズに行われており、事業展開も明るいと考えられます。反対に、ガバナンスが機能していないと事業の実態把握が困難になり、投資すべき事業の判断もできなくなってしまいます。
企業に合った事業ポートフォリオの構築は、企業経営の根幹となるガバナンスの強化が必要不可欠なのです。
事業ポートフォリオは、定期的な分析・評価が必要です。経済産業省では、少なくとも年に1回ポートフォリオの基本方針の見直しをするべきであると提唱しています。
見直す際の判断基準は、以下の5つです。
成長が見込めるか
収益性が高いか
リスクがどのくらいあるのか
事業同士の相乗効果は見込めるか
リスク分散は可能なのか
上記の点を考慮しながら、事業ポートフォリオの見直しを行いましょう。リスクがある事業でも、リスクが分散できれば成長が見込める可能性が高まります。
事業ポートフォリオは、限られた経営資源をバランス良く配分し、企業の成長を目指すために重要な役割を持つ資料です。
事業ポートフォリオの作成により、市場の変化へ迅速に対応し、適切な経営判断を下せる環境を整えていきましょう。