将来株式公開を検討しているベンチャー企業は、ストックオプションについて理解しておくことが必要です。ストックオプションは、優秀な人材の確保や従業員のモチベーションアップにつながる権利であり、IT系のベンチャー企業などが多く採用しています。
本記事では、ストックオプションについて、種類・仕組み・メリット・デメリット・必要な手続き・事例などを詳しく解説します。ぜひ最後までご一読いただき、ストックオプションについて知識を深めましょう。
ストックオプションとは、決められた期間・価格で、経営陣や従業員が自社の株式を購入できる仕組みをさします。一定期間が経過した後であれば、好きなタイミングで自社株を購入でき、購入した株が高くなったタイミングで権利を行使(売却)し、キャピタルゲインを得ることも可能です。
ストックオプションの制度が最初に導入されたのはアメリカでしたが、日本では1997年の商法改正で認定されました。会社の業績向上が株価の上昇にもつながり、キャピタルゲインが上昇することから、ストックオプションの権利を持っている人にとって、業績の向上はインセンティブと言えるのです。
新株予約権とは、会社が発行する株式を一定条件で購入できる権利であり、ストックオプションは新株予約権のひとつとなっています。新株予約権は、以下の4種類があります。
社内向け発行(ストックオプション)
社外向け発行(資金調達を主な目的とする)
無償割当(新たな株式の発行で株価下落が想定される場合、既存株主の損失を補填するために発行される)
有利発行(新たな株主を集めるために、有利な金額条件で発行する権利)
ストックオプションを購入できるのは、当該企業に勤務する従業員のみですが、その他の新株予約権は誰でも取得できる点が、大きな違いです。
従業員持株会とは、従業員の給与から自社株分を天引きすることで、従業員に対して株式を提供する制度です。従業員は、配当などを通して、株価上昇の恩恵を受けられます。
従業員持ち株会は、福利厚生として設定している会社も多く、従業員は誰でも利用可能です。ストックオプションは、権利を持つ従業員のみ利用できる点が異なります。
ストックオプションは、制度の内容や権利付与の段階における費用発生有無により、以下の5種類に分類されます。
税制適格ストックオプション
税制非適格ストックオプション
株主報酬型ストックオプション
有償ストックオプション
信託型ストックオプション
それぞれのストックオプションの概要を見てみましょう。
ストックオプションは、給与所得として扱われるのが原則であり、利益を得ると所得税が発生します。しかし、税制適格ストックオプションでは、権利付与対象者が一定の厳しい要件を満たすことで、権利を行使した時に給与所得課税が免除される仕組みになっています。
税制適格ストックオプションと反対に、権利を行使した時に最大およそ55%の給与所得課税が適用される仕組みです。この仕組みに必要な要件は、特に定められていません。売却益は譲渡所得となるため、原則として所得税が課されます。
「1円ストックオプション」とも呼ばれる仕組みであり、権利行使価格を低い金額に設定するため、このように呼ばれています。税制非適格ストックオプションの活用型であり、権利行使時点の株価とほぼ同等の利益が得られることから、退職金として使うケースも多く見られます。
会社が発行するストックオプションに対して、従業員が一定の金銭を支払う仕組みです。課税の利率は、税制非適格ストックオプションよりも低く、給与所得課税は発生しません。最大およそ20%の譲渡課税のみが課されます。
日本では、2016年に導入された新しい仕組みです。発行した全員分のストックオプションを、満了期間まで信託に預けて保管します。保管期間中は、ストックオプションに交換可能なポイントが付与されるほか、満了のタイミングでポイント数に応じたストックオプションが割り振られます。
信託型ストックオプションは、後から割当先を決められる・発行コストが抑えられるなどのメリットがあります。
ストックオプションは、上場後の株価の変動に影響されず、事前に会社が定めた価格で株式を購入可能です。例えば、1株200円の段階でストックオプションを付与され、上場後に1株1,000円になったタイミングで権利を行使すると、1株あたり800円安く株価を購入できるのです。
また、株価よりも権利行使価格が高くなったときは、権利を行使しなければ損失になりません。
ストックオプションをどのように進めて行くのか、流れを見ていきましょう。
会社は、ストックオプション1個あたりの価格(発行価格)を決め、ストックオプションを発行します。将来の株価を予測して公正価格を算出したのち、条件を付けて公正価格を引き下げ発行価格とすることも可能です。
発行価格が算出されたのち、付与対象と割当比率を決めます。このとき、「ストックオプションの種類」の項で解説した信託型ストックオプションを選択する場合は、後から対象者と割合を決めることが可能です。
権利者がストックオプションの権利を行使するときは、以下の流れで手続きを取ります。
ストックオプションを付与する
ストックオプション口座を開設する(税制適格ストックオプションのみ)
指定口座へストックオプションの金額を振込み、自社株式を購入する
信託銀行などから株式が発行される
ストックオプションの口座に株式が入る
権利を付与された人が、希望するタイミングで売却する
売却額が振り込まれる
自社株の売却により、株式の取得価格と売却価格の差を意味するキャピタルゲインが発生し、権利者はこれを獲得可能です。株をすぐに売却する必要はなく、株価が上がったタイミングを見計らって売却すると、キャピタルゲインがさらに大きくなります。
反対に、株価が下がっても、権利を行使しなければ損失が発生することはないのです。
ストックオプションの導入により、企業や従業員にとってどのようなメリットがあるのでしょうか。メリットを理解し、導入の検討材料にしましょう。
ストックオプションは、株価が上がるほどキャピタルゲインも上がるため、企業の株価が上がるよう従業員は仕事に邁進するようになります。企業の業績を上げようとすることで、従業員のモチベーションアップが期待できるのです。
ストックオプション制度を設けている企業は、将来の株価上昇に向けた取り組みを行なっていることが外部へアピールできます。経費をできるだけ抑えて優秀な人材を確保したい企業では、インセンティブとしてストックオプション制度を設けると効果的です。
また、既存の従業員が持つストックオプションの行使権は、退職すると消滅するため、優秀な人材の流出を防ぐためにも役立てられます。
従業員がストックオプションの制度を利用せずに、自己資金で自社株を購入した場合、株価の下落は損失を意味します。一方ストックオプションでは、株価が下落しても権利を行使しなければ損失は発生しません。通常の株式投資で見られるリスクが、ストックオプションには見られないのです。
ストックオプションは、メリットだけでなくデメリットもあります。デメリットの発生を防ぐためには、内容を把握しておくことが重要です。ここからは、ストックオプションのデメリットについて解説します。
ストックオプションは、従業員のモチベーションアップが期待できる反面、企業の業績が伸びず株価が下がるとモチベーションも下がってしまいます。この状況から、さらに業績が下がることもあり、悪循環の状況と言えるでしょう。
特に、キャピタルゲインを目的として入社した従業員にとって、株価が下落するとモチベーションの低下は避けられないでしょう。
ストックオプションの権利を行使すると、多額の利益を得られる場合もあります。このとき、ストックオプション制度に魅力を感じて入社した従業員が、すぐに離職する可能性もあるのです。
企業によっては、権利行使後の離職を防ぐために、「ペスティング条項」を設けているところもあるため、条項の制定を検討するのもひとつの方法です。ペスティング条項の内容には、以下の2パターンが存在します。
ストックオプションを付与してから一定期間が経過しないと、権利が行使できない
ストックオプションを付与してから、権利行使できる株式の割合が一定期間ごとに増える
ストックオプションを付与する基準が曖昧になっていると、付与された従業員とそれ以外の従業員の関係性に軋轢が生じる場合もあります。付与されていない従業員が不平等感を覚えたり、モラルの低下を引き起こしたりする可能性もあり、基準の明確な設定が必要です。
ストックオプション制度の導入には、以下の手続きが必要です。
新株予約権の内容を決定する
付与対象者や割当数を決定する
新株予約権原簿を作成する
それぞれの手続きについて、内容を詳しく解説します。
ストックオプションの導入には、最初に新株予約権の内容を決定します。この内容は、会社法第238条1項で定められており、以下の項目が必須となっています。
発行時期
発行内容
発行数
無償か有償か
払込金額もしくは算定方法(有償の場合)
権利行使期間
権利行使価格
ストックオプションの割当日・払込期日
上記内容の詳細は、取締役会や株主総会の決議で決まります。
ストックオプションの付与対象者や割り当て数も、取締役会や株主総会の特別決議で決めるため、募集段階における設定が必要です。有償のストックオプションを設定する場合は、付与対象者に払い込みをしてもらわなくてはいけません。
付与対象者や割り当て数が決まったら、新株予約権原簿を作成します。これは株主名簿のような役割を持ち、新株の内容および新株予約権者を管理するもので、会社法で作成が義務付けられています。
原簿の作成と並行して、新株予約権の登記手続きも必要です。これらの手続きは、会社法を理解していないと難しいため、弁護士や税理士などに相談しながら手続きを進めましょう。
ストックオプションの制度は、全ての企業に向いているものではなく、以下の2つの企業がストックオプションに向いていると言われています。
上場を目指しているベンチャー企業
上場企業
各企業がなぜストックオプションに向いているのか、理由を解説します。
スタートアップ企業や新興企業などのベンチャー企業は、これから大きな成長を見込める可能性が高く、伸び代を持っています。事業が順調に進み株式上場が実現できると、短期間で株価が大きく上昇することも考えられます。
実際に、ベンチャー企業の中でストックオプション制度を導入している割合が増えており、優秀な社員の確保につながっているのです。
上場企業は、株式そのものに価値を持っているため、ストックオプションの導入に適しています。既存事業に加え、将来性のある事業を展開している企業は、さらに魅力的に感じるでしょう。
上場企業がストックオプションを導入すると、株式持分の回復が期待でき、経営度の自由度を上げたり株式価値を高めたりできます。
ストックオプション制度を従業員のモチベーションアップにうまく活用するためには、導入する際の注意点があります。ここでは、特に注意したいポイントを2つ解説します。
ストックオプションで重要なのは、株数で考えるのではなく、持分比率で考えることです。対象となる従業員が所有する株数の割合を示す持分比率の数値は、明確なルールはないものの、一般的には10%から15%程度と言われています。
発行数が増えると、株主価値の低下により既存株主に不利益が生じる恐れがあるため、持分比率は常に気にかけるようにしましょう。
従業員同士の軋轢を防ぐためには、ストックオプションの付与条件を明確に決めることが大切です。条件は、誰が見ても納得できる内容でなくてはいけません。
条件にする例として、勤続年数や会社の業績に対する貢献度などがあります。数値化などにより分かりやすく条件化すると良いでしょう。
世界各国で事業を展開している企業は、ストックオプション制度の採用により、さまざまな効果を上げています。日本でも、ストックオプションを積極的に採用するため、事例の内容を具体的に見ていきましょう。
世界的なコーヒーチェーン・スターバックスでは、従業員のモチベーションを喚起するため、「ビーンズストック」というストックオプション制度を1991年に導入しました。毎年11月の取締役会により、ストックオプションの年次付与が承認され、対象者がビーンズストックを受け取ります。
一定条件を満たしていると、正社員だけでなくパート従業員もビーンズストックの対象者になることができます。
参照元:https://starbucksbeanstock.com/ja/your-grants-jp/
アップル社では、2011年に創業者のスティーブ・ジョブズ氏が亡くなった後、株式を使った賞与制度を、全ての従業員へ対象を拡大をしました。優秀な社員の流出を防ぐためのストックオプション制度であり、1,000ドル分程度の株式を最低単位と定めたのです。
株式のうち、半分は2013年に・残りを2016年に渡すことで、アップル社で働き続けてもらう目的がありました。
参照元:https://www.nikkei.com/article/DGXLASGM16H7D_W5A011C1EA1000/
日本最大のフリマアプリ・メルカリを運営する株式会社メルカリでは、従業員の6割以上にストックオプションを付与しています。多くの従業員に、株式によるインセンティブを与えることで、同社のバリューである「All for One」の実現につながっているのです。
参照元:https://newspicks.com/news/3111709/body/
ストックオプション制度は、従業員のモチベーションを高め業績向上を目指せる手法であり、多くの企業が導入を検討しています。ただ、正確な知識を持たずに導入してしまうと、業績低下を招くおそれがあります。専門家の助言を受けながら、導入を検討していきましょう。